北大での助産師教育の歴史

北海道大学では1921(大正10)年に北海道帝国大学医学部附属医院産婆養成所が設置されました。その後、助産婦養成所、医学部附属助産婦学校、医療技術短期大学部助産特別専攻、医学部保健学科、保健科学研究院修士課程助産科目群と名称と教育体制は時代の流れを受けてその時々で変化してきましたが、現在に至るまで連綿と助産師の養成は行われてきています。これまで延べ1500余名の卒業生を輩出しており、全国と北海道内両方で活躍しています。特に北海道内においては、基幹病院の看護部部長・副部長・師長、そして、札幌市内でお産を支える助産院の院長といった周産期医療現場のリーダーとして母子の安全と健康の増進に日々邁進しています。

北大では、2014(平成26)年に助産師教育が大学院化されました。同時期に、保健師教育課程も大学院化しています。北大では、助産師・保健師は、複雑化する社会問題と身体問題を同時に扱える専門職人材として大学基礎教育に続く大学院での教育を行なっています(この構想は、1948年にアメリカの看護学者であったエスター・ブラウンが将来の複雑化する社会と呼応して求められる看護職像と教育体制として提唱したものに古くは由来するものです)。国立大学法人では、2011年に京都大学大学院と高知大学大学院が初めて助産師の大学院教育を開始しました。北海道大学はこれらの大学に続く言わば第二陣として比較的早期に大学院教育化に踏み切った国立大学の一つです。

北大助産師課程〜教育の理念

北大の助産師教育では、周産期を中心に女性の一生に女性と家族の支援ができる人材の育成を目指しています。臨床とエビデンス両方をよく理解していること、エビデンスが提供する情報の内容について精査できる能力を持つこと、そしてそれらの情報を相手に合わせて噛み砕き自分の考えを持って情報発信できるようになる力を養うことを特に目標としています。

大学院で助産を学ぶ

助産師になるには多くのルートがあります。あえて2年課程の大学院で学ぶ理由はなんでしょうか。ここでは助産師資格を取得するにあたって大学院で学ぶ意義について少し立ち止まって考えてみたいと思います。

現在の医療はエビデンスに基づいた医療行為が求められています(Evidence Based Medicine)。これは、現在のところでもっとも信頼できる情報を踏まえて目の前の患者さんに最善の治療を行うことで、いまや標準の医療行為となっていると言って過言ではありません。助産においても同様で、現在までに明らかになっている信頼できる情報をもとに女性へのケアを構築します(Evidence Based Midwifery)。しかし、では、「現在もっとも信頼できる情報」とは具体的にはなんでしょうか。どのように生み出されてきたのでしょうか。「今のところ」信頼できる情報は、将来はどうなるのでしょうか。 「現在最も信頼できる情報」とは、通常複数の実験的研究により明らかになったケアの有効性を指します。複数の研究成果はまとめられてガイドラインとして臨床実践で使いやすい形になって医療者の手元に届きます。しかし、目の前の臨床像は複雑で、いつでもガイドラインを見れば誰でも最適な医療やケアができるかと言えば決してそうではありません。医療者は、ガイドラインを参考にしつつも、目の前の患者さんに合わせて、その時々で最適な医療やケアを提供しています。つまり医療者には患者さんの状態に合わせながらガイドラインを使っていく能力が求められるのです。修士課程では、研究手法を学びますが、これはすなわち、研究結果がどのようにガイドラインに反映されているのかについて自らの目と手と頭を使って学び取っていくことに他なりません。一方で、研究は1〜2年従事したところでその真髄を身につけ、生業として身を立てることはできません。博士課程での学びやその後の博士研究員としての研究従事を経て身について来るものです。だからといって、ガイドラインや研究を理解するためにどんなに机に向かって勉強しても、現実社会で何が求められているのか、臨床現場で足りていないエビデンスは何か、実学である助産学は何を果たすべきかについて知ることは困難です。大学院で助産師資格をとる場合、臨床実習の時間も多くあり、やもすると研究に費やす時間が制限されることもあります。大学院での資格取得では、臨床の場に立つ時間と手づから研究する時間を同時に持つことで、研究世界と臨床現場の両者の特性と視点を深く理解し、二者を橋渡しできる能力を身につけることができることが特徴と言えます。大学院教育課程では、臨床と研究を行き来しながら学ぶことになります。臨床と研究の関係は、車の両輪のように、あるいは互いに噛み合った歯車のようなものであり、どちらが欠けても助産学が発展することはできません。大学院で資格を取得することは、実学である助産学を真の意味で発展させるための基礎的な力を身につけることを意味します。北大助産では、世界の動向や研究の潮流を理解し、ガイドラインやシステマティックレビューに引かれている原著論文の生データに当たるようにします。生データを解釈でき、その結果を考察できる能力と、そうやって考察した自分の考えをどのように臨床実践に生かしていくのかについて考える能力を大切にしています。

実習期間中には学ぶべきことが多く、一つ一つの疑問を十分に吟味する時間を取ることは難しいことも多いですが、一貫してエビデンスと実践のつながりについて意識し、自ら深掘りして自分の考えを統合して構築できるように促し、実践と研究が相互に高めあう助産学の発展に貢献できる助産師の輩出を目指しています。

北大助産 大学院科目の構成

大学院における資格取得課程においては、①修士課程修了要件として36単位、②助産師国家試験受験資格を得るために定められている指定規則要件として31単位の両方を取得する必要があります(これらの単位は一部重複しています)。ここでは、大学院での資格取得を特徴づける科目のいくつかをご紹介します。

国家試験受験資格を得るために定められている31単位のうち、ウイメンズヘルス特論、リプロダクティブヘルス特論、地域・国際母子保健学については、特に大学院での資格取得を特徴づける科目として位置付けられています。つまり、大学院教育で求められる高度な専門知識の基礎としてこれらの科目内容を構成しています。ウイメンズヘルス特論では、複雑化する性と生殖にまつわる社会情勢と女性の健康に関する医学的知見について学び、自らケアを考えられる能力を構築します。リプロダクティブヘルス特論では、様々な倫理的課題を取り上げ、ディスカッションを繰り返すことで、専門職に求められる高度な職業意識と倫理観を養います。また、ディスカッションを行う中で、自分が知らぬ間に持っていた価値観に気づき、他者をケアする際に必要な自らを俯瞰する能力を身につけます。地域・国際母子保健学では、国内外の母子保健について学びますが、近年では産後うつをはじめとし、産後期間のケアの重要性がこれまで以上に認識されるようになってきています。日本国内において他職種連携をできる能力、そして日本の母子保健を考える上で欠かせない世界に対する知見を身につけ、将来の母子保健事業に貢献できるようにします。

助産学特論・演習・実践演習は、修士課程修了要件として必要な科目です。これらの科目も、大学院での資格取得と特徴づける科目として位置付けられており、Evidence Based Midwiferyを行う上で必須な研究成果やガイドラインを読み解く力を身につけます。助産ケアに関連するガイドラインやそこに収載されている一次文献を丁寧に読み解き、どのようにガイドラインが構築されているのかについて考察を深めていきます。また、臨床実習で出会った疑問や難しく感じたことを取り上げ、臨床でのケアを裏付ける文献について精査し、現状でのEvidence Based Midwiferyについて考察を深めます。

このほか、専攻基礎科目では、助産学や看護学から飛び出した保健科学共通の科目があり、統計学や各研究方法論などを幅広く学ぶことができる体制となっています。リハビリテーション や理学療法・検査系など保健科学に含まれる学問を学ぶ学生とともに机を並べともに学ぶ中で広く科学的な考え方を身につけ、多職種連携に不可欠な互いの専門性に触れる場になっています。